• お決まりの感謝は、無いほうがいい

私は1999年秋から女性アイドルグループモーニング娘。の大ファンになり、特に応援しているのが1期メンバーの中澤さんです。
2003年6月にファンクラブ主催のイベントを皮切りに握手していただいてから一気に私の魂に火がついてしまいました。
その後もいろいろなテレビやラジオの公開放送に行ったものの、始発に乗って会場へ駆けつけても先にきているファンたちがいたのでした。
私は『別の方を応援していた時に1番乗りすることがステータスだったのにとても悔しい。』と思っていました。
2年後の夏に友達から中澤さんのイベントが秋に組まれたようだと連絡を受け、当日はほかのところで用事があってそれを片付けて絶対に行って行列の先頭になってやると心に誓ったのです。
そのイベントは中澤さんがパーソナリティーをしているラジオ番組となり、サイン入りポスターを先着100枚配ることになっていました。
2005年10月22日、翌日に中澤さんのイベントを控えて私は朝早く起きて立川まで行って用事をとっととすませたのでした。
自宅に戻って昼食を近所のラーメン屋さんでとり、テレビのトーク番組を見ていました。
その時に行列の先頭になると心に誓った私はトーク番組を見てから自宅を出ることにしたのです。
13時半になって私は自宅を出ました。
最寄り駅から総武線の各駅停車に乗り、錦糸町まで行ってそこから快速に乗り換えて目的地の千葉に到着したのでした。
いてもたってもいられずに予定より早く自宅を出ました。
到着したのは15時で当然まだ誰もきておらず、私は『念願の行列先頭だ。』と少しどや顔をしていたのです。
ただ先頭の目印がなくて千葉にはモノレールが走っており、駅に行って定期券の申込用紙をもらってボールペンで『ここが先頭です。』と書いた紙を出しました。
また駅近くのコンビニエンスストアでサンドイッチとコーヒーを購入して夕食の準備をしたのでした。
18時になっても誰もこなかったので、そろそろラジオ局のスタッフさんがみえるのを待ちながらラジオでプロ野球の日本シリーズを聴いていました。
当時の千葉は霧が出ていてその影響で電車が止まっていたのです。
また聴いていた日本シリーズの試合がその影響でコールドになるほどの気象状況でありました。
私がいた千葉駅も霧の影響で気温がだいぶ下がったことを憶えているのです。
ようやく21時になってほかのファンの方がきて少し行列ができたとほぼ同時にラジオ局のスタッフさんがみえ、ようやく先頭部分に看板が設置されました。千葉駅周辺はだいぶ霧で煙っており、深夜になるにつれてどんどん低温になっていたのでした。
それでも『行列の先頭をしっかりキープする。』というプライドが私の力となりました。
0時になると終電できたファンの方もおり、その中に知り合いもいて『まさかあんたが先頭とは驚いた。』と話していたのです。
1時を回って眠くなって数時間仮眠することにしたものの、霧の影響で寒さが強くてだいぶ苦労しました。
朝になって行列が20人近くになり、並んでいる中で奇数と偶数の人に分かれてお手洗いや食事の時間にしたのでした。
私は行列の先頭だったことから駅構内のお手洗いでひげを剃ったり、コンビニエンスストアに行っておにぎりとコーヒーを購入したりしました。
ひげを剃って身だしなみを整えて行列に戻ったのです。
朝7時30分に行列の整理券を配ることになって私は1番と書かれたものを受け取り、記念として携帯電話のカメラで撮影しました。
整理券を配り終えるとラジオ番組のアナウンサーから『整理券を受け取るのに何時から並んだか。』と聞かれ、私が『昨日の15時30分から。』と答えたら驚いていたのでした。
また番組に出演してもらえないかと話があって私は快諾しました。
アナウンサーからラジオと携帯の電源はオフにするように指示されて10時に番組が始まったのです。
ラジオの電源が入っていると音声が二重になって聴こえづらくなると聞かされ、いよいよラジオ番組の生出演の出番となって私はスタジオからの中澤さんの声にとても緊張しました。
中澤さんから『何時から並んでいるの。』と聞かれ、私が昨日の15時30分からだと言う彼女はとても驚いていたのでした。
それから番組を盛り上げようと残っていた10人と一緒に大騒ぎして出演が終わりました。
私は『番組をみんなで盛り上げることができた。』ととても満足したのです。
整理券ももらってラジオの出演も果たしたので、時間つぶしに乗り鉄することにしました。
千葉からラジオが聞くことができる外房線の大網まで行ってすぐとんぼ帰りをしたのでした。
まさか数年後に外房線の車両が変わるとはその時は思ってもいません。
千葉に戻って駅弁でとんかつ弁当があり、それを食べてから並んだところに戻ると会場の準備が進められたのです。
会場内ではボイスパーカッションのライブをしており、私は寝ないように聞いて楽しんでいました。
整理券の番号が1番だった一方、いてもたってもいられませんでした。
13時になっていよいよイベントが開催されました。
中澤さんと私を含めたファンたちで盛り上がり、いよいよ目的のサイン入りの番組ポスターを受け取って彼女と通算4回目の握手をしたのです。
これで22時間30分にわたる私の武勇伝となり、1週間後の放送で先頭は22時間待っていたようだと中澤さんが話していたのを憶えています。
本当にこの時ばかりは疲れたものの、中澤さんとの握手とポスターをもらったことでそれがぶっ飛んだのを現在でも憶えているのです。
このおかげで「欲しいものはどんなことをしても手に入れる。」ことを学べました。
充実していた約16年前のできごとでした。
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